『荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論』:過酷な現実を生き抜くために

 

 人気漫画『鬼滅の刃』の映画が、『千と千尋の神隠し』を抜いて興行収入歴代1位になったとニュースにありました。

 

 『鬼滅の刃』は『日本一慈しい鬼退治』というキャッチコピーの通り、主人公である炭治郎がみせる限りない優しさが印象的な作品です。しかし一方で、作品の随所に残酷描写や悲劇的な死が描かれており、一部では「子どもに悪影響があるのでは」という議論もあったようでした。

 

 実際に悪影響があるかどうかは、子どもの年齢と性質により一概には言えないと思いますが、この話を聞いて思い出した言葉がありました。それは、『鬼滅の刃』と同じ少年ジャンプに『ジョジョの奇妙な冒険』を連載していた漫画家、荒木飛呂彦が『荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論』という本に書いていたものです。少し長いですが引用します。

 

幼い少年少女には想像もできないほど過酷な部分が現実の世の中にはあって、それを体験しつつ、傷つきながら人は成長していく。現実の世界はきれいごとだけではすまないことを誰でもいずれ、学んでいかざるをえない。
親や学校に守ってもらっている少年少女は、体験するまではそういう醜く汚い部分を実感することができない。自分の想像が及ばない不幸への不安に、ただ脅えるしかないわけです。
でも世界のそういう醜く汚い部分をあらかじめ誇張された形で、しかも自分は安全な席に身を置いて見ることができるのがホラー映画だと僕は言いたいのです。<中略>だから少年少女が人生の醜い面、世界の汚い面に向き合うための予行練習として、これ(*ホラー映画)以上の素材があるかと言えば絶対にありません。

 

 少年少女のために、『鬼滅の刃』以上の残酷と悲劇(と優しさ)に満ちた漫画を長きにわたって描いていた漫画家ならではのコメントあり、これを読むと、残酷描写や凄惨な死の描写はただそれだけで否定されるものではないのだろうと思えます。

 

 先日、ホラーフィクションを研究しているデンマークの学者が、300人以上を調査し、ホラー映画ファンはそうでない人に比べてコロナ禍に対して精神的によりよく対処できているという結果を発表したそうです。何ともユニークな話ですが、その学者は、フィクションを通した恐怖の疑似体験によって「恐怖にどう対処すればいいのか」を学ぶことが出来ると考えているようでした。遠くない将来、荒木飛呂彦さんの書かれた事柄があながち間違ったものではないということが裏付けされる日が来そうです。

 

 子どもは成長の過程で、しばしば、ホラー映画や残酷で凄惨な物語のように、大人たちが顔をしかめるようなものを好きになるものです。もちろん、子どもたちがそれらを人生の予行練習と思って好きになっているわけではないでしょう。

 

 しかし彼らは、この世界が決して綺麗事だけでは成り立っていないこと、そしてそんな世界の中をリスクにさらされて生きていくしかないことを、どこかで察しているのかもしれません。そう思うと、『鬼滅の刃』という、一部の大人たちが心配するほどの過酷さを描いた物語が、コロナ禍という非常時に多くの子どもたちに支持されているという事実には何だか感慨深いものがあります。

 

 

 

【参考】

『荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論』(集英社新書)

「ホラー映画好きはコロナ禍に強かった、研究」(ナショナルジオグラフィック日本版記事

Pandemic practice: Horror fans and morbidly curious individuals are more psychologically resilient during the COVID-19 pandemic

 

 

 

 

2020年12月29日|ブログのカテゴリー:本・映画・漫画・音楽