言葉の背後にあるもの:鬱病の方の言葉の特徴から

 

  先日のブログで、「名づけ」という言葉の力について書きましたが、2年ほど前にイギリスの心理学者によって発表された研究結果に、言葉と心の関係をしめすものがあったことを思い出しました。それはコンピューターを用いた大規模な言語データの解析によって、鬱病の方が使う言葉の特徴を明らかにしたというものです。

 

 その内容によると、鬱病の方の使う言葉の特徴としては次の3つがあるということでした。

 

1.「私」「自分」などの「一人称」が多く、「彼ら」「彼」などの「二人称・三人称」が少ない
2.「いつも」「何もない」「完全に」といった「絶対主義」的な表現が多い
3.「孤独な」「悲しい」といった悲観的な感情に関連した内容が多い

 

 3のような悲観的な内容が多いことは予想できることと思いますが、1,2のような人称や副詞にも明らかな傾向があるというのは少し意外な結果のように思われるかもしれません。しかも、3よりも1や2の特徴の方が鬱病の方により特異的であるという結果もあったようです。

 

 研究結果について書かれた記事には、「一人称」や「絶対主義」的表現が多いのは、鬱病の方が、他者との繋がりが少ない状態にあることや、白か黒の「絶対主義」的思考をしやすい状態にあることと関連しているのではないか、とありました。しかし、こういった言葉の特徴と鬱が具体的にどのように関連しているかという詳細はまだ分かっていないようです。

 

 ただ、心の状態というものは、話の内容だけでなく、話すときの言葉使いにも何らかの関連性をもつというのは注目に値することのように思います。しかもその関連性というものは、このような大規模な言語データをコンピューターで解析することでやっと見えてくる、言葉使いの微細な部分にあらわれるというのも興味深いです。

 

 カウンセリングでも、その方が無意識的に繰り返し使っている表現や言葉使いに気づいたことをきっかけに、ご自身の心のある側面に目を向け始めたり考え始めるということは珍しくありません。また、私たちがある人に対して何となく抱く印象や感覚―「硬そうな人だな」とか「つかみどころがない人だな」など―というのは、表情や喋り方といった態度だけでなく、こういった言葉使いの細部の特徴というものをどこかでキャッチしているからなのかもしれません。

 

 このように考えてみると、ちょっとした言葉使いや言語表現というのは単なる癖というだけではなく、その人の心の状態や思考の傾向など多くの情報が紐づけられている、いわばその方のパーソナリティが圧縮されたものと言えそうです。それは少し怖いことのようにも思えますが、同時に、言葉というものの可能性も感じられるのではないかと思います。

 

 

【参考】

People with depression use language differently | World Economic Forum(上記の研究論文について書かれた記事です)

 

 

 

2020年08月04日|ブログのカテゴリー:心・生き方, 心理学